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つれづれなるままに・・・36年有余の想い出語り その②

平成元年になり生産調整への対応の一つとして生姜を初めて栽培することを決めたその矢先、初めてもらう異動辞令で農産課(当時)勤務を命ぜられた。

今振り返ればこの時を起点に小生の作物づくりへの興味が年ごとに深まることとなったわけだ。

その年県下営農指導員会の会長を現常務が務めており、指導員会の総会で「一人一研究」の発表をさせてもらう機会を得た。テーマは畜産課勤務時代に夢中になって取り組んだ「肉用牛の地域一貫生産体制を目指して」と題して、12年間の総括の思いを込め熱い気持ち一杯で発表させてもらった。思いが熱くなりすぎた結果、持ち時間の20分をはるかにオーバーする42分余りを費やしてしまい、残念ながら努力賞(三位)の結果に終わった。

この年の最優秀者からヨーロッパ2週間の研修が副賞として構えられていたので、それを逃したことをずいぶんと悔やんだものだ。

ところが発表からしばらくたち、最優秀者の方が健康上の理由で研修を辞退されたたうえ優秀者の方はパスポートを持っていないということが重なり、努力賞の小生にその研修が転がり込んできた。

ドイツ~スイス~ルクセンブルグ~フランス~イタリアを巡る2週間の研修は強烈なインパクトを小生にもたらしてくれた。

また、この研修は当時東京農工大の梶井 功教授が団長で、現在農協運動の原点を厳しく問いかける坂野 百合勝氏、つい最近「現場からのJA運動」という本を執筆された現(社)JC総研の松岡 公明理事等歴々たるメンバーがいたことも貴重な体験となった。

そしてこのあと当JAの営農指導員はこの「一人一研究」に出れば「必ず最優秀」を獲得してくれ、ある意味でのプレッシャーと輝かしい伝統を築いてくれたことを誇りに思っている。

(そのメンバーはK課長、T班長、Y班長、K係長、S指導員の面々で、小生自身ずいぶんとこのメンバーに助けられたことを感謝するとともに、彼らの今後一層の活躍を願っている)

農産課で最初に担当した作物は、水フキとカブの種採取栽培(武蔵野種苗)で、現在では当農協の優秀なLA(ライフアドバイザー)として活躍されているH君に連れられての営農指導員が始まった。肉用牛に関しては相当の知識を自負していた小生であるが、作物に関する知識は全くと言ってよい程乏しく、夢中になって書物での知識を得ることに努めた。

その時最初に買い求めた書物は、大学の同期でこの春同じく定年を迎える現農林副部長のMのアドバイスを受け、「作物栽培の基礎知識」(農文協)であったことを今でも覚えている。

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